[小林啓倫のドローン最前線]Vol.28 ノートルダム大聖堂を救ったドローン

2019-04-23 掲載

ノートルダム大聖堂火災の裏で

2019年4月15日夕刻(現地時間)に発生した、パリ・ノートルダム大聖堂の火災。火は修復作業用の足場を巻き込んで、あっという間に建物全体に広がり、屋根が焼け落ちて尖塔も崩壊するという甚大な被害が出た。ノートルダム大聖堂の土台となった建物の建設が始まったのは1163年というから、実に8世紀半もの歴史を持つ世界遺産が一瞬のうちに焼失してしまったことになる。

ただ幸いなことに、正面にある2つの鐘楼は残るなど全壊はまぬがれ、中にあった貴重な歴史的遺物の一部も守られた。また建物全体が3Dスキャンされており、そのデータが再建に役立つ可能性があるなど、まさに不幸中の幸いという状況が生まれている。

そしてノートルダム大聖堂火災の裏で、もうひとつ被害を抑えるために活用されていたテクノロジーがあった。いうまでもなく、ドローンである。

フランスメディアの報道によると、フランスの内務省所有の機体と文化・通信省所有の機体、少なくとも2機のドローン(DJI Mavic ProMatrice M210)が現場で展開されたとのこと。それぞれ高精細の光学カメラと赤外線カメラが搭載され、現場の映像がリアルタイムで中継された。特に内務省のドローンは、上空から火災の状況を把握することで、どの方向から放水するのが効果的かを判断するために使用されたそうだ。

空から火災の様子を把握することが有効なのは、もちろんこれまでも知られていた。しかし今回のような市街地での局地的な火災の場合、通常のヘリコプターが上空から近づくと、それが巻き起こす風で逆に炎が延焼してしまったり、消防士の活動に支障をきたしてしまったりする。しかし小型のドローンであれば、現場に影響を与えることなく、現場に非常に近い位置からの撮影が可能であり、しかも従来の手法より大幅に安価ということで、世界各地の災害対策の現場で導入が進んでいる。

DJI製のドローンはGPSと連動し、当局が指定する禁止区域では飛行できないような仕組みが搭載されている。パリも一部が飛行禁止区域に設定されており、過去には勝手にドローンを飛ばした観光客が逮捕されるという事件も起きている。しかし今回は緊急事態ということで、当局の指示もしくはDJI側の判断で、いずれにしてもこの制限が一時的に解除されたのだろうと仏メディアは推測している。

パリ市周辺の消防活動を担当する組織、「パリ消防旅団」の報道担当者Gabriel Plusは、「ドローンが消火における戦術的な判断を下すことに役立った」とコメントしている。彼ら自身はドローンを所有していなかったため、今回は前述のように他の組織が持つ機体を借りたわけだが(ちなみに機体の操作はパリ警視庁のドローン部隊が担当したとのこと)、今後はパリ消防旅団でも配備が検討されるかもしれない。

火災当時、ドローンによって上空から撮影されたノートルダム大聖堂の様子

日本における「消防ドローン」の状況

ノートルダム大聖堂の火災が発生した際、この事件は日本でも大きな注目を集め、ツイッター上ではノートルダムに加え「金閣寺」というキーワードがトレンド入りした。「文化財の焼失」という事件から、1950年の金閣寺放火事件、またそれを題材にした三島由紀夫の小説『金閣寺』を思い出した人が多かったのだろう。不謹慎かもしれないが、仮にいま日本で金閣寺のような歴史建造物で火災が発生した場合、ドローンはどこまで活躍できるのだろうか。

2018年1月、総務省消防庁より、ドローンの防災利用についてまとめた「消防防災分野における無人航空機の活用の手引き」という資料が発表されている。この資料では、ドローンの特性や性能、維持管理の方法、法令上の取扱いなど、全国の消防防災機関におけるドローン運用に必要な情報が整理されており、既に公的な組織・制度上での活用体制は整っていると言えるだろう。

実際に2018年6月に行われた調査では、日本全国の消防本部全728組織中、116本部が無人航空機を保有し、75本部で活用実績があったとのこと。また91の本部において、今後の保有が検討されているそうだ。実際にどのような活動に使われたのか、活用種別の内訳を見てみると、火災調査が37件でもっとも多く、次いで救助活動(18件)、火災活動(13件)となっている。

たとえば金閣寺のある京都市でも、2019年1月に消防用ドローンが導入されている。配備されたのは、ノートルダム大聖堂火災でも使用されたMatrice M210。大型で長時間飛行が可能、さらに2種類のカメラが搭載可能で、光学カメラと同時に赤外線カメラを使用することで、肉眼では分かりづらい状況まで把握できると期待されている。また操縦は消防局の職員が担当するそうだ(事前に民間団体等が実施する講習を受講するとのこと)。

ちなみに京都市のウェブサイトによれば、「京都市中心部のほぼ全域の上空はドローンの飛行禁止空域となっています」とのこと。市内の歴史的建造物で火災があった場合には、ノートルダム大聖堂のケースと同様に、ジオフェンシングの一時解除が行われるのだろう。

一方で、より現場でドローンが活躍するために、機体そのものの性能を高める取り組みも行われている。たとえば2019年2月、東京消防庁消防技術安全所は、「消防活動におけるドローンの活用」等実証実験を公開で行っている。この際、「ドローンの耐熱性等に関する検証実験」として、実際の火災にドローンを接近させ、火災による熱や気流、煙等の影響を受けた際の挙動・異常を把握するという実験が実施された。

当然ながら熱や気流はドローンの飛行にとって好ましいものではなく、これらの影響で機体が墜落してしまえば、逆に状況を悪化させてしまう。そのためこうした悪条件に強い機体の研究・開発が進められており、実際に2019年3月には、エンルートとNEDOが300度という高熱にも耐えられるドローンを開発したと発表している。この「耐火型ドローンQC730FP」は、機体にマグネシウム金属ボディ、プロペラ部にチタンを使用しており、カメラ部分も断熱性に優れた石英素材で覆うことで、300度で1分間の連続撮影を可能とのこと。

エンルートの「耐火型ドローンQC730FP」

恐らく今後は、市販製品だけでなく、こうした特別な機体が消防の現場で活用されていくだろう。もちろん活用が必要な火災が発生しないに越したことはないが、現場での運用と制度の整備を経て、さらに高度な「消防ドローン」が登場するに違いない。

WRITER PROFILE

小林啓倫
経営コンサルタント。SEとしてキャリアを積んだ後、外資系コンサルティング企業等を経て、2005年から現職。著書に『ドローン・ビジネスの衝撃』、訳書に『データ・アナリティクス3.0』など多数。

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