[小林啓倫のドローン最前線]Vol.41 ドローンが進める、もうひとつの感染症対策

2020-06-22 掲載

COVID-19だけではない感染症のリスク

ここまで何度か、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)対策にドローンが活用される事例を見てきた。しかし当然ながら、人々に害を及ぼす感染症はCOVID-19だけではない。厚生労働省のサイトによれば、通常の季節性インフルエンザでも、国内での年間の推定感染者数は約1000万人、死亡者数は約1万人(超過死亡概念による)と推定されている。もちろん、だからといって新型コロナウイルスを軽視しても良いという意味ではない。しかし他の感染症に対する対策も、同時に進めていく必要がある。

今回のパンデミックは「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」という概念の普及を促したが、そもそもなぜ「ディスタンス(距離)」を取るのかといえば、接触による感染を防止するためだ。新型コロナウイルスは飛沫感染するとも、エアロゾル感染するとも言われているが、要は感染者のそばにいると、飛沫や空気を通じて感染する可能性が高まる。そこで他人との距離を取ることで、感染リスクが下げられるわけである。

しかし感染症の原因となるウイルスや細菌は、それ以外の方法でも拡散する場合がある。前置きが長くなったが、そのひとつが、今回のテーマとなる「蚊」による感染だ。蚊が媒介する感染症には、マラリアやデング熱、日本脳炎など深刻な症状を引き起こすものも多い。たとえば厚労省検疫所のサイトによると、2017年のマラリアによる死亡者数は、実に43万5000人にも達している。これは奇しくも、2020年6月時点でのCOVID-19による全世界での死亡者数とほぼ等しい。

この脅威にどう立ち向かうか。文字通り世界規模で研究が進められているが、ここでもドローンを活用した取り組みが生まれている。その目的は効率化と、人間の作業者が対応することで逆に蚊と接触してしまうリスクを下げることだ。たとえば2017年には、アフリカのザンジバルにおいて、英国の大学が協力してマラリアを媒介する蚊を駆除する取り組みが実施されている。その際、マラリア蚊の生息する地域を特定するのにドローンが利用されている。

蚊の幼虫であるボウフラは、水中で生息するため、水田などの水辺で繁殖する。そこでドローンをそうした水辺で飛行させ、ボウフラが繁殖している可能性のある場所をマッピングし、その場所に後で駆除剤を散布するのである。そうした駆除剤はボウフラを殺す一方で、環境に対してもダメージを与えてしまう。

新しく低毒性の駆除剤も開発されているものの、そうした新製品は価格が高い。そこでドローンを使ってピンポイントの駆除を行うことで、コストを低く抑えられる。また人間が調査に歩き回る必要がないため、作業者のマラリア感染リスクも抑えられるというわけだ。

ドローンで蚊を散布

またドローンを使って、逆に蚊を散布するという取り組みも行われている。

もちろん散布するのは普通の蚊ではない。不妊化、つまり繁殖能力を人工的に取り除いたオスの蚊を大量に放つことで、時間をかけて蚊の数を減らしていこうというのだ。こうした手法は「不妊虫放飼(Sterile insect technique)」と呼ばれ、前述のような駆除剤による環境破壊を避けられるとして注目を集めている。

ただし不妊化した害虫を放つというのも、簡単な作業ではない。繁殖を抑える効果を得るには、当然ながら広い地域に散布する必要があり、そういった地域に立ち入れば害虫に接触するリスクが生まれる。そこでドローンの出番だ。

フランスやオーストリア、英国といった複数の国々の研究者が協力し、ドローンによる「完全自動型不妊虫放飼システム」を開発したとして、Science Roboticsに論文を掲載している。それによると、彼らはまず、ドローンに搭載可能な「蚊の自動放飼装置」を開発。

これには各種センサーやカメラが搭載されており、運んでいる不妊化された蚊や、装置の状態を監視・制御できるようになっている。蚊を格納するユニットは冷蔵機能を備えており、放飼する場所に到着するまで、蚊の行動を抑制することができる。次にこの装置とドローンの制御を行うソフトウェアを開発し、ドローンが放飼飛行を自律的に行うことを可能にした。

実際にブラジルで実証実験が行われ、合計で5万匹を超える不妊化された蚊が空中散布された。その結果、不妊化された蚊の散布に携わるスタッフの削減、散布する地域の拡大、運用コストの削減といった効果が得られたそうだ。特にコストについては、「空中放飼にUAVを利用することで、運用コストを大幅に削減できる」と結論付けており、従来の研究で「1週間/1ヘクタールあたり20USドル」とされていた放飼のコストを、1ドルにまで引き下げることが可能だと推定している。

感染症の対策には、必ず「作業者の感染リスク」と「対策にかかるコスト」という問題が発生する。今回のCOVID-19パンデミックにおいても、対応にあたった医療機関で関係者が感染したり、経営状態が悪化したりといった問題が発生している。その2つを同時に解決する可能性のある自動化技術は、今後も改善と進化が続けられるだろう。


WRITER PROFILE

小林啓倫
経営コンサルタント。SEとしてキャリアを積んだ後、外資系コンサルティング企業等を経て、2005年から現職。著書に『ドローン・ビジネスの衝撃』、訳書に『データ・アナリティクス3.0』など多数。

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