研究者が明らかにしたカブトムシの飛翔メカニズム
生物の体の構造や動きのメカニズムなど、自然界に存在するものを参考にして新しい技術を生み出すことを、バイオミメティクス(biomimetics)あるいはバイオミミクリー(biomimicry)と呼ぶ。ドローンの分野でもこの考え方は応用されており、たとえば本連載でも以前、昆虫のホタルを参考に開発された「ホタル型ドローン」を紹介している。
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そして最近、同じく昆虫を参考にしたドローンの研究が発表された。今回真似されたのは、夏休みの日本人にはお馴染み、カブトムシである。
研究を行ったのは、EPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)のホアン・ヴー・ファン博士研究員らのチーム。ファンは昆虫の飛翔について10年以上研究しており、また昆虫を参考にした飛行ロボットの開発も進めている。
発表された論文によれば、多くの昆虫は翅(はね)を体に密着させることができ、飛行時にはそれを展開する能力を持っているが、カブトムシは特に複雑なメカニズムを持っているそうだ。具体的には、カブトムシの後翅は折り紙のように折りたたまれ、前翅(エリトラと呼ばれる固い翅)で保護されている。さらにこの折り畳み構造によって、収納時のコンパクトさと展開時の大きな表面積を両立させることも可能になる。したがってカブトムシを理解することで、昆虫型の飛行ロボットの設計において重要な知見が得られると研究者たちは考えた。
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研究者たちはまず、カブトムシの翅の構造とメカニズムを理解するために、高速カメラを使用した観察を行うことにした。3台の高速カメラ(毎秒2000フレームで解像度1024×1024ピクセルというもの)を使用し、カブトムシが翅を開いて動かすところを撮影。これにより、後翅の展開および格納の動作を詳細に記録し、正確な翅の動きを詳細に観察することができた。
さらに彼らは、カブトムシの頭部を固定して、制御された条件下で羽ばたき飛行をさせた。これにより、自由飛行を撮影したのでは難しい、羽ばたきの詳細な観察が可能になった。
観察の結果、カブトムシは後翅の展開と収納に受動的なメカニズムを使用していることが分かった。翅の展開は2段階のプロセスで行われ、筋肉の活動を必要としていなかったのである。前翅が重要な役割を果たし、ばねのような働きをしていたそうだ。
こうしてカブトムシから得られた情報を、実際に超小型のドローンを開発して、再現することを試みたのである。
ドローンへの応用
開発されたドローンの重量は約18グラムと非常に軽量で、翼を広げた状態での翼端間距離は20cm、折りたたんだ状態では3cmまで小さくなる。そしてカブトムシの翅のメカニズムを応用することにより、追加のアクチュエーターなしで翼を自動的に展開・収納できるようになっている。翼の根元に弾性腱(ゴム紐のようなもの)を使用し、翼を閉じる力を与えているのである。翼の展開・収納に追加のエネルギーを必要としないため、従来と比べて省エネにもなるとされている。
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ドローンはDCモーターを使用して羽ばたき運動を生成し、通常のドローンと同様、ホバリングも可能とのこと。羽ばたきの遠心力を利用して翼を最大まで展開し、さらに衝突時には翼を瞬時に収納して保護できる仕組みになっている。その結果、非常にコンパクトながら安定した飛行が可能な設計であり、従来のドローンでは難しかった狭い空間での飛行や、衝突に強い設計が実現されたと研究者たちは説明している。
具体的にはこの「カブトムシ・ドローン」はどのような活用が可能だろうか?まず考えられるのは、狭い空間での飛行性能を活かした、災害時の救助活動での利用だろう。倒壊した建物や瓦礫の下など、従来のドローンではアクセスが困難な場所でも、翼の自己格納機能により、障害物を避けつつ飛行できる。また回避に失敗して衝突しても、即座に翼が折りたたまれるためダメージが少ない。そのため物資の少ない災害現場でも、稼働時間を長くすることが期待できるだろう。
またドローンの軽量化とエネルギー効率化により、長時間の飛行が可能となることから、環境モニタリングにも適していると指摘されている。また森林内などの複雑な地形でも、前述の飛行能力および翼格納機能により、障害物による影響が少ないと期待されている。彼らの研究の実用化が進めば、他にもさまざまな用途が生まれるはずだ。
昆虫たちがいつ飛翔能力を獲得したのか、正確なことは分かっていないが、約3億年前の化石の中に、既に飛翔能力を獲得したと考えられる昆虫が発見されているそうだ。3億年もの間、試行錯誤を経て完成した彼らの飛行メカニズムに、私たち人間が学ぶものはまだまだ多いに違いない。