今年初めに注目を集めた、米カリフォルニア州の大規模な山火事。幸い1月末までに鎮圧され、現在は完全に鎮火している。この山火事対応にあたって、ドローンもさまざまな形で活用されたことは既にお伝えした通りだ。
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ただこのドローン活用の中で、見えてきた課題がある。それは突風だ。山火事の現場では、激しく、予測不可能な風が吹く場合がある。しかも今回の舞台となったカリフォルニア州では、「悪魔の風」や「サンタアナ風」として知られる局地風が吹くことで知られている。報道によれば、その風速は最大で時速145kmにも達したという。これは秒速に換算すると40m以上で、気象庁の風力階級表では最高レベルである「12(海上暴風警報または海上台風警報に相当)」に分類されるとともに、「猛烈な風」として警戒が呼び掛けられるほどの強さだ。
当然ながら、人でも立っていられるかどうかわからないほどの突風の中で、ドローンを安定飛行させることは不可能に近い。そこで米MITの研究者らが、AIを使ってこの問題を解決する技術の開発に乗り出し、その成果を論文として発表している。
彼らが開発したのは、単に風に耐える頑丈なドローンではない。風を「理解」し、「学習」し、「適応」する、まったく新しいアプローチだ。
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従来の方法では、制御システムを設計する際、ドローンや環境の構造に関する情報、つまり「どんな風が吹くか」や「どんな気流の乱れがあるか」といった不確定要素について、事前に設計者が考えてプログラムしなければならなかった。しかし現実世界の不確実な条件下で、そうした設計を行うのは非常に難しい。
そこで研究者らは、「メタラーニング(メタ学習)」という手法を開発した。一言で言えば、これは「学び方を学ぶ」AIということになる。
普通のAIは、与えられた特定の状況やデータだけに合わせて最適な動きを学習するが、状況が変わると一から学び直す必要があり、現実のさまざまな環境には柔軟に対応できない。それに対してメタラーニングでは、AIが「新しい問題や環境にどう適応するか」という「学習の方法自体」を身に付ける。ドローンの場合であれば、「こんな風のときはこう飛ぶ」「今までにないパターンがきたら、まず何を確かめて、どの方法を試すのが早いか」など、「対処の仕方」を自分で選び直せるのである。
これにより、AIは未知の環境や予測できないトラブルにも強くなる。新しい状況下でも、過去の経験を応用して素早く最適な動き方を見つけることができるため、毎回ゼロから学び直す手間がかからず、適応が格段に速くなる。要するにメタラーニングは、AIが自分の学習法をアップデートしながら、常に最適解を探し続ける技術と言えるだろう。
「鏡に映した世界」で考える最適解
さらに研究者らは、「ミラーディセント(ミラー降下法)」という手法も編み出している。これもまた、AIがより多様な状況に柔軟に対応するための先進的な工夫だ。
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AIがドローンを制御する場合、「どうやってズレを修正するか?」を学ぶ必要がある。従来のAIの多くでは、「グラディエントディセント(勾配降下法)」という仕組みが使われてきた。これは登山における下山のプロセスで喩えると、「今いる場所から、一番下り坂になっている方向へ一歩ずつ進んでいく」というやり方だ。これはシンプルで効率的だが、「ユークリッド空間」と呼ばれる、単純な状況(下山で言えばまっすぐな道)でしか上手くいかない。
ところが現実の環境やドローンの制御問題では、必ずしも道がまっすぐではなく、複雑で曲がりくねった「非ユークリッド空間」となっていることが多い。たとえば坂道だけでなく、谷や壁、迷路のような構造が含まれているイメージだ。
ここで「ミラーディセント」が威力を発揮する。この手法は、「勾配降下法」の考え方を柔軟に拡張したもので、たとえばゴールにたどり着くために「どの地図を使うか」「どの距離の測り方を使うか」を、AI自身が状況に応じて選べるようにする。これにより、「この環境では直線距離よりも、曲がりくねった道に沿った距離のほうが自然だ」「この状況では違うルールのほうが効率的だ」とAIが自ら判断し、最も適した「移動法」を選択できるようになる。
この手法の名前にある「ミラー(鏡)」には、「写像」や「変換」といった数学的な意味が込められている。たとえば現実の複雑な道のりを、「別の空間(=鏡に映した世界)」に写して考え直し、その鏡の世界で最適な方向を見つける、というイメージだ。鏡に映せば、曲がりくねった道がまっすぐに見えることもある――この「映し変え(ミラー写像)」を上手く利用して、より効率的な最適化を行うのがミラーディセントとなる。

論文内のAI制御システムでは、このミラーディセント」を自動選択できるよう、メタラーニングと組み合わせている。これにより、従来の方法では苦手だった複雑な状況や予想外の乱れ(たとえば突風や障害物の配置が毎回変わる場合)にも、高い精度で素早く適応できるようになるという。
研究チームがこれらの手法を使って実験を行ったところ、風速が毎秒8m(先ほどの気象庁風力階級表ではレベル5)という環境の下で、従来の制御方式と比較して約72%も追跡誤差(ドローンが飛ぶべき予定のコースと、実際に飛んでいる位置とのズレの大きさ)を削減することに成功した。さらに訓練データに含まれていなかった、風速毎秒10mという強風下でも、74%の誤差削減を達成できた。
これは単なる数字の改善に留まらない。実際の災害現場では、この差が任務の成功と失敗、時には人命救助の可否を分けることになる。AIが理論や過去のデータにだけ依存するのではなく、より柔軟に「現実」に対処することを可能にするこれらの手法は、将来の災害対応を大きく変えていくだろう。